その昔、一水会に盛んに出入りしていたG君という人が、かつて私に話してくれた事がある。

 鈴木顧問と一緒に、とある温泉に出かけた時のことだ。

 ともに湯舟に浸かりながら、G君と鈴木顧問とは、三島由紀夫についての談義で大いに盛り上がっていたという。

 始めは世間のパブリックイメージ通り、ニコニコした穏やかな物腰でG君の熱弁を聞いていた鈴木顧問。だがそれに油断したのか、G君がついうっかり「森田必勝が……」と呼び捨てにしてしまったその瞬間。

「森田烈士だろうが!」

 鈴木顧問が、即座にG君を一喝したのだそうだ。

 ついさっきまでの温和な表情はどこへやら。その時の顧問の形相たるやまさに鬼か般若。何よりその一喝が、肚の奥底にまで轟き渡る稲妻の如き威力だったそうで、G君は文字通り「〇玉が縮み上がる」思いがしたそうだ。

 「学生運動時代から鈴木顧問と付き合いのある人達が言ってる意味がようやく分かった。あの優しそうな面差しに騙されてはいけない。鈴木顧問は恐ろしい人だ」と、その時G君は、私にしみじみと語ってくれたものだ。

 私も会員生活二五年以上となり、故人との思い出も、一言や二言ではとても言い尽くせないほど膨大なものになっている。

 しかしあえてその中から一つ、最も印象的なエピソードを拾い上げるとすれば、どうしても私は、この伝聞話を思い出さずにはいられない。

 何故なら、心当たりがあり過ぎるからだ。

 かつて喧嘩別れしたK君が、色々と鈴木顧問の悪口を並べたてながらも「でもあの人も、物凄い修羅場を幾度も乗り越えてきた男の凄みがあるからなあ(だからとても、面と向かってはこんな悪口言えないよ)」と私に語ってくれたこととか。

 あるいは新宿ロフトプラスワンでのトーク中、檀上に駆け上がってきた(今でいう)ネトウヨらしき男を、ものも言わずにその場であっさり制圧してみせたこととか(顧問は柔道三段、合気道三段の腕前である)。

 晩年、鈴木顧問はその言動があまりにも左傾化し過ぎたとして、保守派・民族派のみならずネトウヨからも「偽装右翼!」「裏切者!」と、散々に叩かれてきた経緯がある。実を言うと、一水会会員の中にも「最近の顧問の発言には同意できない」「あまり左翼を喜ばせるような事を言わないでほしい」という不満の声は充満していた。

 しかしだからと言って「鈴木邦男を追い出せ!」「決別しろ!」という声は、会の中からはついに上がることは無かった。

何故なら、みんな知っているからだ。

 「鈴木邦男」という男の本当の怖さを。

 そしてあの人当たり良い面持ちの裏に、恐ろしいほど堅固な「揺るがぬ尊皇心」を秘めていることを。

 結果的に顧問の遺著となった書籍の題名が、奇しくも『天皇陛下の味方です』なのがその事を示して余りある。顧問を「偽装右翼」呼ばわりするネトウヨどもには決して見えないのであろう、それが鈴木邦男という男の真の姿なのだ。