二〇二二年八月四日
尊敬する皆様、
皆様の前でお話しできる機会を得て、たいへんうれしく思います。
八月六日という悲劇的な日を前に、ここ広島の地でこの会合が行われることは、まことに象徴的であると考えております。一九四五年八月六日、人間らしさを忘れた米国首脳部は、核兵器の恐ろしさを、世界に向けて余すところなく示しました。この出来事はソ連、ロシアの人々の心に生々しい反応を呼び覚まし、人々はこれを文学、芸術、音楽に反映させたのです。
今まさに、広島と長崎の惨禍が繰り返されないよう力を結集することが、かつてないほど求められています。
ロシアは、他の多くの国々同様、混乱を増す国際情勢の動きと、これに伴う核リスクの高まりを、非常に懸念しています。そうした中で重要な課題のひとつとなるのが、核保有五大国すべてが、今年一月三日の共同声明で確認した「決して核戦争を起こさせない」という命題を堅持することです。ウクライナ危機がキエフ政権とその西側支援者により一層深刻化するのに伴い、この声明に込められたメッセージは、その妥当性を失わないどころか、新たな意義を持つようになったのです。
ロシアの立場をめぐっては、さまざまなデマや虚伝が飛び交っています。ウクライナに対して核兵器を使用するのではないか、という憶測も流れています。しかし、この点に関する我々の基本的な立場は、きわめて明確です。我々が核による対応を認めると仮定するのは、ロシア連邦への侵略が大量破壊兵器を用いてなされた場合、もしくは通常兵器を使用した侵略によって国家の存立が危機に瀕した場合に限定されます。ウクライナの非軍事化、非ナチ化をめぐる我が国の行動は、このシナリオとはまったく関係がありません。
世界で核兵器を実際に使用した国はただひとつ、米国です。米国が広島と長崎に原爆を投下したのです。しかもそれは、軍事的合理性があって行われたわけではなく、事実上、両都市とその住民を対象とした、大量破壊兵器の実験であったのです。
軍事対立が核レベルへとエスカレートする危険性も
問題の第二の側面は、NATO諸国への投影です。ウクライナに反ロシアの拠点を設けて敵対的拡大を続けるNATOは、ロシアの「レッド・ライン」を越え、我が国の国家安全保障の基本的利益に直接抵触するに至りました。このNATOの拡大に断固対抗する姿勢に直面した米国とその同盟国は、我が国との激しいハイブリッド対決へと転じ、直接的な武力衝突の瀬戸際で危ういバランスを取っています。一方で、前述の核保有五大国声明で確認された論理によれば、核保有国間の軍事対立は核レベルにまでエスカレートする可能性があるため、いかなるものであろうとも阻止しなければなりません。
ウクライナ危機を背景にNATO諸国が我が国を直接侵略することの潜在的影響について、我々が行う警告の本質は、まさにこの点にあります。我が国のドクトリンには、非常事態のシナリオが二つ記されていますが、こうした動きは、そのうちの一つを引き起こす可能性をはらんでいます。当然、我々はこのような事態を阻止する考えです。しかし、もし西側諸国が我々の覚悟を試すことになれば、我々は後退しません。これは、脅し言葉ではありません。抑止力の論理とは、こうしたものです。
しかし、我々が出すシグナルは、西側ではプロパガンダの目的で悪意をもって歪曲されがちです。こうしたことが行われるのは、反ロシアのヒステリーを煽り、NPT運用検討会議での我が国の立場を損ねることを目的としています。とりわけ、ロシア軍の抑止力を一時的に特別任務体制に移行させるというロシア大統領令は、不当に解釈されました。要するに、戦略軍の抑止力運用部隊において任務シフトの人数を増加し、警戒態勢を高めるというだけの話です。つまり、核兵器の使用による我が国への威嚇、強要行為の場合に対して、警戒が強化されたということです。そもそもこの決定が為された根拠は、西側核保有国代表が挑発を行い、ウクライナにおける対ロシア軍事行動へのNATO介入の可能性を示唆する発言をしたことにありました。
また、我が国が核戦力の大幅な量的増強を行っているという主張も、どれも何の証拠も根拠もないものです。いずれも信頼性を欠くデータか、明白な偽情報に基づいています。
我々は、軍備管理に関する義務を完璧に順守しています。ロシアにおける新兵器システムの出現は、旧式兵器との入れ替えを含む既存兵器の最適化に伴うものです。一方で、戦略的バランスを維持する必要性から、有望なシステムの開発には、やらざるを得ないという側面もあります。米国は、戦略的課題の解決能力を持つ高精度非核「グローバルストライク」兵器と組み合わせて無制限のグローバルミサイル防衛システムを開発し、また戦略的安定を脅かすさまざまな行動をとることによって、意図的に戦略的バランスを崩そうとしています。
核戦争に勝者はない!
ロシアは、現実に即した新たな「安全保障の方程式」を形成するには長期的かつ相互に受入れ可能な解決策を見出すため、上記の要素すべてを露米戦略対話の枠組において綿密に議論することを提案しました。しかし、米国は、この対話を一方的に断ち切ってしまったのです。
ロシアの核戦力が透明性を欠くという主張は虚偽であることに注目せざるを得ません。透明性には絶対値があるわけではなく、真空に存在するものでもありません。各国は、主に戦略的現実と国家安全保障上の利益との相関で、開示する度合いを慎重に測っています。例えば米国は、ある種のパラメータについては核戦力の詳細をあえて開示しようとはしていません。とりわけ、ヨーロッパに配備された核爆弾数や、米戦闘艦のMk141ミサイル発射装置に搭載された海上発射型巡航ミサイル「トマホーク」の数については、なぜか情報を開示していません。その一方で、米国は自国の安全保障を何ら損なうことのない一般的なデータの開示に関する取り組みを仰々しく誇示して、他国を非難する口実として意図的に利用しています。実際、安全保障を損なってまで一方的に透明性を要求されたケースもあります。
ロシアは、これまでも、そしてこれからも、可能な枠内において透明性を維持するための必要な措置をとり続けます。透明性の程度は、国際安全保障と戦略的安定の現状に照らして、十分に適切なものです。核兵器に関する透明性を単に高めても、脅威レベルを下げる手立てにはまったくならないことを、専門家たちはよく理解しています。さらに、このような措置は、パワーバランスの具体的パラメータと戦略的均衡を適切に考慮しない場合には、核リスクを含む戦略的リスクの増大につながる可能性もあるのです。
こうした中、八月一日にニューヨークで開幕した第一〇回NPT運用検討会議は、特別な意義を有しています。この会議が、軍備管理・軍縮・不拡散体制の強化を促進することを期待します。
なお、お手元にございますのは、第一〇回NPT運用検討会議に向けて用意いたしました、ロシアの基本的アプローチを示した資料です。
我々は、核なき世界という高邁な目標へのコミットメントを共有しています。だが、この極めてセンシティブな分野におけるいかなる取り組みもグローバルな安定を揺るがし、国際的な分断を深めてはなりません。核軍縮に向けた実質的な進展は、対等で不可分な安全保障の原則と戦略的バランスを維持する努力を妨げない、周到な段階的措置によってのみ、実現することができるのです。
ただちに核兵器の非合法化を宣言したり、核軍縮期限を人工的に設定したりすることには、我々が賛同できません。核兵器の即時かつ無条件の放棄は逆効果であり、極端な質を持つ核兵器禁止条約(TPNW)を作ることは間違いであると確信しています。戦略的現実と核保有国およびその同盟国の利益を考慮しないアプローチは、国家間の対立を拡大し、NPT体制を揺さぶってその権威を損ねることにつながります。
ロシアにとっては、国外からのきわめて具体的な脅威が弱まるどころか急速に拡大している現段階で、核兵器を保有することがこうした脅威に対する唯一可能な答えなのです。もしこのような状況で、核兵器が即時に放棄されたら、我が国の安全保障が根本的に弱体化し、我が国の安全保障上の基本的利益を認めようとしない西側との大規模な軍事衝突のリスクが高まったでしょう。
同時に、核戦争に勝者はありえず、核戦争は決して戦ってはならないという理念にコミットしています。また、核大国間の軍事衝突は、いかなるものであっても防止しなければなりません。
全ての国々とオープンに話し合いたい
我々は、今後の核軍縮に向けた前提条件を作成するために、すべての関係国と建設的な対話を行うことに用意があります。当然、こうした対話は、全当事者の平等と利益の考慮に基づくものでなければなりません。
核軍事力を有するすべての国が核軍縮に参加することを呼びかけています。核軍縮に関する作業は、脅しや強制ではなく、コンセンサスに基づいて行われるものでなければならないと考えます。
非核保有国も、核保有国に劣らず、核軍縮の分野におけるプログレスに貢献できます。とくに、国際的な緊張の全体的緩和や、安定性の向上、グローバルな核軍縮アジェンダの推進に寄与することができるのです。
ロシアは、国際安全保障と戦略的安定を実現するために、政治外交手段を用いることを依然としてコミットしています。軍備管理と核軍縮に関するさまざまな枠組みにおいての対話を一貫して呼びかけています。
しかし近年見受けられるのは、各当事者の利益と懸念への相互配慮に基づく建設的ステップを目指す政治的な意思と用意の欠如です。バランスの取れた、相互に受け入れ可能な解決策を求め、力を合わせて努力する姿勢が、あきらかに欠けていると感じられます。その代わりに目にするのは、一方的な優位を求めて、議論を政治化し、派手なスローガンを掲げる姿です。このような者には、実行可能な解決に向けて取り組もうという、真の覚悟はありません。
日本が「NPTに関するストックホルム・イニシアティブ」に参加しています。このイチシアティブの文書に盛り込まれた数々の提案に目を通しました。
このイチシアティブに提案されている数々のアイディアについては、我々も支持します。特に、NPT運用検討の過程で合意済みの義務を再確認することは、我々にとってもまったく問題ありません。同様に、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効についても、賛成です。イニシアティブの文書で検討に上がった事項の多くは、ロシアが少なからず尽力したリスク低減に関するものも含め、すでに実現されています。
その一方で、参加国による提案の中には、疑問点もあります。例えば、戦闘行為における核兵器の軍事利用で被害を受けた都市と、かつて核実験が行われた特別指定の実験場とを同じ俎上に載せることには、当惑を禁じ得ません。
また、イニシアティブ文書では、戦略的安定に悪影響を及ぼし、軍縮への直接の妨げとなる数々の重要な問題要因について触れていません。核紛争のリスクを高め、核軍縮の努力全体にブレーキをかけるNATOのいわゆる「共同核ミッション」についても言及がないのが目に付きます。このような行為を止め、米国の核兵器を自国領土に撤退させ、ヨーロッパ内に配備するためのインフラも撤去するよう、我々は繰り返し要請してきました。
全体として、我々はイニシアティブ文書で取り上げた問題について関心を持つすべての国々と話し合うことにオープンです。
IPNDVには「裏事情」
次回NPT運用検討会議の準備という観点から、「核五大国」と、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)の枠組でまとまった非核保有国との間で、意見交換を行うことの有用性を指摘したいと思います。検討プロセスの「強化」を主眼とする提案を受け取り、注意深く精査しています。その中で扱われているテーマは複雑で多面的です。ストックホルム・イニシアティブ文書の内容と重なる点が多いことにも、注目しています。「核五大国」とNPDI諸国との「アウトリーチ」会合において、然るべき協議が続けられていくものと思われます。
米国の「核軍縮環境創設(CEND)」イニシアティブに日本が参加していることに注目しました。このイニシアティブはもともと、核軍縮の前提条件を作成するための対話を提案した、ロシアのアイディアを基本としています。この事実を踏まえ、我々はCENDプラットフォームの活動に参加していたのです。しかし、その内容と実践方法はこのフォーマットが軍縮の領域に「付加価値」を与えるものではないことを示していました。
当初から我々には、CENDは、軍備管理の分野で米国が取った破壊的措置を有耶無耶にするために、米国があえてNPT運用検討会議に時期を合わせて、純粋なプロパガンダとして考え出したものだ、という印象がありました。こうした危惧は、CENDで作業を行う中で、杞憂ではなかったことが裏付けられました。
我々は、このイニシアティブの妥当性に、大きな疑問を抱いています。昨年末には事実上イニシアティブが活動しなくなっていたことを考えると、一層その感を強くするのです。
米国主導による「核軍縮検証のための国際パートナーシップ(IPNDV)」の国際プラットフォームでの活動推進にも、日本は参加しています。二〇一七年一〇月以降、ロシアはこのイニシアティブに関与することを止めました。IPNDVの「裏事情」を知ってから、このフォーマットに対しては否定的な見方を拭い去れません。こうした評価とIPNDVへの不参加の決定を見直すつもりは我々にはありません。
我々は、管理・検証手続きは、軍備の削減・制限に関する具体的合意と切り離して検討することはできず、合意内容である制限の対象、数量との整合性がなければならないと確信しています。また、合意履行の検証に参加できるのは、普遍的原則と国際法規範に従い、合意の当事者および当事者が特別に指定した機関に限られることになります。将来の抽象的合意に適用するために、「事前に」核軍縮に関する検証手続きや技術を作成するという考えは、まったく逆効果であると、我々は考えています。
現行の軍備管理条約のもとで検証メカニズムを適用する中でロシアが培った経験からは、検証メカニズムを開発する際には、核兵器の構造とその配備、利用に関する運用および技術的側面を総合的かつ詳細に考慮する必要があることが、明らかになっています。多くの場合、こうした情報は極めてセンシティブです。部外者である「検証者」に渡すことはできません。しかし、こうした情報へのアクセスなくしては、勧告を策定すること、ましてや将来交渉を行う者の実際の役に立つような「事前」勧告を策定することは、不可能なのです。
同様に、潜在的な核拡散リスクも考慮しなければなりません。検証措置が、関連する知識や技術の漏洩を含め、核不拡散体制に傷を負わせることがあってはならないのです。
ご静聴ありがとうございました。(了)