第234回 一水会フォーラム 講演録

 パレスチナがいつも「火薬庫」とされている所以は何か。そこで過去何があったのか。今何が起こっているのか。欧米を中心とする国際社会が見て見ぬふりをするのは何故か。令和三年七月二日に一水会フォーラムはパレスチナ、ワリード・アリ・シアム大使を招き、パレスチナ問題の根源を語ってもらった。

 ハマスとイスラエルの抗争が激化する今、メディアでは語られないパレスチナの視点をここに再掲する。

1 英国の欺瞞外交が生んだ、中東の火種・パレスチナ

 こんばんは。今日は「ある一つの土地を武力で制圧する者、それは誰なのか」という話をしたいと思います。

 パレスチナは地中海に面し、欧州と海路を通じて繋がっています。また隣接国を通じて、アフリカ、アジアとも繋がっています。

 このように地理的に重要な位置を占めているため、古来様々な征服者がこの地域を占領して行きました。

 古代イスラエル王国も征服者の一つですが、ローマ帝国に滅ぼされて以降は民族が四散し、国外に多くが移住する事になりました。

「世界中に散らばったユダヤ人を再び一か所に集め、国家を建設しよう」というのが、所謂「シオニスト運動」です。世界に在住のユダヤ人を中心に、一八九七年に最初の「世界シオニスト会議」が開催されました。以降、幾度も会議が開催され、ユダヤ人国家を建設しようとする国際的な試みが行われます。 

「どこに新国家を建設するか」という議案で当初候補に挙がったのは、アフリカのウガンダ、次いでロシア極東部、オーストラリアのキンバリー地域、南米などで、その時点でパレスチナは候補には挙げられてすらいませんでした。

 その後、第一次大戦中の一九一六年、英仏両国がオスマン帝国の中東地域における領土を分割する取り決め(「サイクス・ピコ協定」)を交わし、シリア・レバノンは仏領、イラク・ヨルダン・パレスチナは英領としました。それに従って、第一次大戦の終結後、パレスチナは英国の委任統治領となりました。英国はアラブ人と「アラブ人の国家独立を支援する」と合意していましたが、その裏でユダヤ人に「パレスチナに国家を作らせる」と約束しており、パレスチナを分割し、ユダヤ人に与えようとしました。

 最終的にパレスチナ分割案が取りまとめられたのは一九四七年十一月二十九日で、国際連合総会にてアラブ・ユダヤ間でパレスチナ地域が分割される決議が採択されました。

 これによって、人口比率では三十五パーセントに過ぎないユダヤ人に、土地の五十五パーセントが与えられることになりました。これに対して、六十五パーセントの人口比率を占めるアラブ人には四十五パーセントの土地しか与えられない事になりました。

 元々パレスチナの土地はパレスチナに住む者の土地でした。人口もユダヤ人より多かったにも関わらず、奪われる結果となったのです。一つ重要な事を言うならば、英国も、国連も、パレスチナの土地を勝手に分け与える権利はありません。

 国連総会での投票では、三十三か国(米ソ仏等)が賛成、十三か国(アラブ諸国等)が反対、棄権十か国(英国等)となり、分割案が採択されました。

 日本は当時占領下にあり、国連に加盟しておらず、投票権はありませんでした。

 日本人の皆様にもお分かりいただけると思うのですが、もし第二次大戦後、日本領土が外国の間で分割され、外国人に領土を与えられることになれば、どうするでしょうか? 反対するでしょう。私達も同様に国連の分割案には反対しました。

2 ガザ爆撃の裏で―報じられない「占領」の実態

 かくしてパレスチナ人の土地にユダヤ人の国家「イスラエル」が誕生し、委任統治が終了する一九四八年五月十四日に独立が宣言されます。その前後の時期から、パレスチナ人が土地を奪われ、難民として追放されました。

 パレスチナ人の反対にアラブ諸国が呼応し、第一次中東戦争(〜一九四九年)が起こります。

 以降、第二次(一九五六年)、第三次(一九六七年)、第四次(一九七三年)と戦争が起こりますが、イスラエルはパレスチナ側の領土を占領し、パレスチナを軍事占領下に置いています。

 イスラエル軍はパレスチナ的要素の強い村を集中的に攻撃し、破壊して来ました。一つ一つの家々を破壊するのではなく、村ごと全て破壊するという行為です。

 村を消滅させ、民族的要素を全く感じられなくさせた後に、高層ビルを建て、元からユダヤ人の村があったかの様に見せる、そうした歴史の改竄も行われています。

 私達はこれを「民族浄化」と呼びます。

 今年五月、イスラエルはガザを攻撃し、多くのパレスチナ人を殺害しました。先に手を出したのはパレスチナ側だと報じられていますが、これは東エルサレム(パレスチナ名・アルクドス)郊外、シェイク・ジャラ地区で、パレスチナ人の住民に対し、イスラエル当局が立ち退き命令を出した事がきっかけとなっています。

 この立ち退き命令に地元住民は抗議しました。エルサレム郊外には私の先祖が暮らしていたリフタ村もありましたが、これもイスラエルの「民族浄化」により破壊されてしまいました。

 リフタは一万年以上の歴史を持つ、伝統ある村でしたが、来月(八月)にはこの土地がイスラエルで競売にかけられる事になります。

 イスラエルの代表的な都市であるヤッファやネゲブも、元々はパレスチナ人の街でしたが、全て住民は追放され、ユダヤ人やイスラエル在住のアラブ人の街となっています。

 イスラエルではパレスチナの「存在」を消し去る行為が行われています。ガザへの攻撃では、子供達も多く殺害されています。過去に起きたイスラエルによるパレスチナ側への攻撃でも、必ずと言ってよい程、子供達や若者がターゲットにされています。

 若い世代を「絶滅」させ、子孫を根絶させるやり方は、民族浄化であり、ホロコーストとも言い換えられるでしょう。

 SNSでは、米国から移民してきたユダヤ人男性が有名になっています。彼はトランプ支持者で、米ニュージャージーからイスラエルを訪れ、自動車を運転してパレスチナの村に行きました。
イスラエル軍に保護されながらその家に押し入り、銃を住民に突き付け、「家を明け渡せ」と命令します。

 住民が「何故私達の家を盗むのか?」と聞くと、「俺が取らなくても、どうせ他の誰かに取られるからだ」とうそぶいたのです。

 この時の様子を撮影した動画は、五月以降に世界各地で拡散されました。YOUTUBE等の動画サイトにて「シェイク・ジャラ 米国人男性」もしくは「入植者」と検索して頂ければ見る事ができます。

 米国からイスラエルに到着した直後、その足でパレスチナ人の家を強奪しに行く、それが堂々と政府公認で行われているのです。

3「神が与えし地」―選民思想がもたらした人工国家

 イスラエルは「パレスチナは元々二千年前に我々の土地だった」と主張しています。それを根拠に「パレスチナの所有は当然の権利」だと言いますが、冒頭でも述べたように、古来様々な王朝がこの地を支配してきました。たとえばローマ帝国もその一つです。

 イスラエルの主張が正当だとすれば、ローマ帝国を祖先に持つイタリアも、パレスチナを「イタリア領だ」と主張できることになります。そんな話が通用するわけはありませんね。イスラエルの主張は、古代の話を現代に通用させようとする強引な手法です。

 古代イスラエル王国も、パレスチナの地を侵略した、血塗られた帝国の一つであり、この土地をめぐる侵略と征服の歴史の一コマであったに過ぎません。

 米国のトランプ前大統領は、「旧約聖書では、神はユダヤ人に土地を約束したとあり、イスラエルの国家建設は神から約束されたものだ」と主張しましたが、神を持ち出すならこういう言い方もできますね。

「私の夢枕に神が立って、『日本の土地はあなたのものだ』と申された。神がそう言ったから、日本は私のものだ」。

いかにも無茶な理屈です。

 コーランでは「神がユダヤ人を優遇した時代はあった」と説明されています。

 しかし優遇されていたにも拘らず、ユダヤ人は唯一神でなく「黄金の牛」を崇め始めました。神の教えに背いた為、神は怒り、ユダヤ人を四散させます(注・旧約聖書におけるモーゼの出エジプト記の「黄金の牛」の逸話と共通している)。

 確かに神はユダヤ人に土地を約束しましたが、彼らが神を裏切ったので約束は反故になりました。

 モーゼがエジプトを出てユダヤ人を引き連れ、導いたのはパレスチナの地ではありません。地図を見れば一目瞭然です。モーゼはエジプトから紅海を渡って行ったとされていますが、エジプトから紅海を渡れば着くのはヨルダンかサウジアラビアですね。パレスチナは海を渡る方角ではありません。

 また、イスラエルの主張によれば、エルサレムには「古代イスラエル王国、ユダヤ教の神殿があった」とされています。「嘆きの壁」はその神殿の一部だというのですが、その神殿があったとされる場所には、「アル=アクサ・モスク」(注・ムハンマドが天使に伴われてここより昇天し、アッラーの御前に至ったとされる)があり、イスラム教の聖地とされる「ハラム・シャリーフ(聖域)」があるのです。イスラエル政府や熱烈な支持者は「神殿は確かに存在した」と主張し、岩のドームの真下を掘り進めてそこにあったはずの神殿の痕跡を発見しようと試みていますが、過去七十年以上掘り続けて、考古学的な証拠は何一つ見つかっていません。

 となると、古代イスラエル王国の正当性を証明するものも存在せず、今のところ宗教的にも歴史的にも、イスラエルの主張は「間違い」であり「嘘」であるとしか言いようがありません。

4 望むのは「共存」だが…反故にされたオスロ合意

 パレスチナ人の一人として言わせてもらえば、我々はユダヤ人を否定している訳ではありません。キリスト教や仏教、神道等、他の宗教を否定している訳でもありません。

 多くのパレスチナ人はイスラム教を信仰していますが、イスラム教はユダヤ教、キリスト教の影響を受け、成立した宗教です。イスラム教はユダヤ教を否定しておらず、宗教的な観点からイスラエルと対立している訳ではありません。

 ここ数年はダーイッシュ(イスラム国)と言われる勢力の存在が報じられますが、彼らの行為は私達が信じるイスラム教の信条からは全くかけ離れています。

 神が「使者」を送って殺人や暴力を命じる…その様な宗教はどこにもありません。

 神が命じるのは「隣人を愛せよ」という共存共栄の教えです。それはどこの宗教も共通しているはずです。私達はイスラエルの軍事占領には抵抗しますが、目指すべきはイスラエルとの「共存」です。
一九九三年、ノルウェーの首都オスロで、イスラエル・ラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)・アラファト議長が会談し、歴史的な和平合意が締結されました。

 この「オスロ合意」は「イスラエルとパレスチナの相互承認」、「イスラエル軍の占領地域からの暫定的撤退と、パレスチナ自治政府の承認」の二点からなります。

 この時の合意では、パレスチナの土地、「七十八パーセントがイスラエル領」とされ、パレスチナの領土としては二十二パーセントしか残らない結果となりました。

 その二十二パーセントの土地の中で、パレスチナ国家が建設される事になりました。

 その他にも、多くの「妥協」をパレスチナはしてきました。国の指導者はイスラエルと共存する事を決定し、その上で国家の建設を行っていました。

 それから三十年近く経過しましたが、「合意」は何も実現していません。パレスチナ国家は誕生していませんし、イスラエル軍の撤退も実現していません。和平は成立していないのです。

 米国の故J・F・ケネディ大統領は「『私のものは私のもの。お前のものも交渉次第では私のものだ』という人とは交渉できない」と語っていました。

 合意を反故にして、土地を自分達で独占しているイスラエルと交渉できるでしょうか?

 パレスチナ人の立場はまさにこれです。イスラエルは自国領土を保全した上で、残るパレスチナ領土を「交渉」で手に入れようとしています。何故でしょうか?

 パレスチナ人約四百五十万人が住まうヨルダン川西岸地区を軍事占領下に置くことにより、約八百八十五億ドルの年間収入が得られると計算されます。

 失業率の高いパレスチナでは、イスラエルの企業や入植地で働かないと良い収入を得る事ができません。彼らを低賃金で働かせる上に、パレスチナ人はイスラエルへ税金を納める仕組みとなっています。

 だからイスラエル人は、パレスチナ人と共存する「和平」を達成しようとは思わないようですね。

 加えて「神から約束された地」とは、パレスチナだけに留まらないのです。強硬的な右派は、エジプトからシリア、イラク、湾岸地域までを「大イスラエル」と呼び「イスラエル領」になるべきなのだと主張しています。

5 パレスチナは「強制収容所」―ナチ化するイスラエル

 イスラエルがそういう態度である以上、パレスチナ人は抵抗を続けるでしょう。

 しかし、大きな問題があります。イスラエル軍の所有する戦車、最新鋭兵器に対し、パレスチナ側は「投石」しか対抗手段がありません。

 イスラエルは近隣を敵対的なアラブ諸国に囲まれており、「弱小国」と主張していますが、世界の軍事力ランキングを見ればそんな事はないと分かるはずです。

 イスラエルは世界第九位の軍事国家です。巨額の軍事費と最新鋭の兵器技術、国民皆兵の動員力で中東地域でも第一位の軍事力を持っています。弱小国ではありません。

 そしてイスラエルは核保有国でもあります。八〇発から二〇〇発の核兵器を保有していると言われ、北朝鮮やイランよりも多く保有しています。

 パレスチナには「国境」が定められていません。水源もイスラエルに管理されています。

 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教共通の聖地であり、東エルサレムは国際的にもイスラエルの所有が認められていないのですが…イスラエルは占領下から解放する事すらしていません。

 空域も制限されており、国際空港もありません。抵抗するパレスチナ人は即時に逮捕され、随時五千人以上が不当に収監されています。

 その中の百五十人は十六歳以下の子供です。子供を不当に逮捕し、刑務所に収監する国に人権はあるのでしょうか?

 そして難民の問題です。国外に脱出し、故国に帰れない難民の総数は約六百万人。私自身も難民「第二世代」で、故郷に戻る事すら許されていません。

 イスラエルの行為は国際法違反であり、人権侵害ですが、残念ながら世界はイスラエルの非道に目を向けようとはしません。

 現在進行している目に見える最も顕著な「占領」は、パレスチナ自治区である西岸地域に拡大する「入植地」だと言えるでしょう。

 和平合意でパレスチナ領と認められたはずの土地にイスラエル政府の支援を受けてユダヤ人、約六十万人が入植しています。彼らは武装を許可されており、パレスチナ人に対する暴力行為も認められています。

 パレスチナ人の土地には、「テロ対策」という名目ですが、実際には入植地周辺やパレスチナ都市・農地等を分断する形で、「分離壁」と呼ばれる巨大な壁が建設されています。総距離は建設計画では七百キロ以上という規模です。

 パレスチナ人の自由は制限されており、移動する際にもイスラエル軍の検問所を通過するしかありません。外国人も例外ではなく、長時間並んで、触れれば電流が走るゲートを潜らなくてはなりません。

 パレスチナの実態はイスラエルに管理された「強制収容所」でしかありません。

 もしくはかつて南アフリカが行っていた有色人種への差別・隔離政策、アパルトヘイトを彷彿とさせます。道路でさえ「ユダヤ人専用」「パレスチナ人専用」と分けられています。

 今やパレスチナの地はユダヤ人入植地でバラバラにされようとしています。これはまるで体内に侵入するコロナウイルスと同じです。

 パレスチナが置かれている立場は、かつてナチス政権がユダヤ人を迫害した時と全く一緒です。
映画「シンドラーのリスト」では、ナチス政権下でユダヤ人が屈辱的な迫害を被った事が紹介されています。工場で劣悪な環境で働かされたり、「壁」に囲まれたゲットーで暮らしたり、といった映画内とほとんど同じ境遇を、今度はユダヤ人がパレスチナ人に強いているのです。

6「公正」なしの平和はいらない!

 イスラエルが行っているのは不当な占領でしかなく、日本を含めて国際社会も非難しているのですが、イスラエルが入植政策を中止する事はありません。

 国連では既に二百二十以上のイスラエルに関する安保理決議が可決されていますが、イスラエルは「反イスラエルのバイアスがある」として、従う事はありません。

 イラン、イラク、シリアがそうであった様に、安保理決議に従わない国には国際的に制裁が科せられます。

 イスラエルが非道を押し通せるのは、大国である米国の支援を受けているからです。欧州諸国も親イスラエルですね。

 歴史を振り返れば、西欧・東欧諸国、ロシアも過去、ユダヤ人を迫害、追放しています。
ヒトラーの迫害の時、多くの欧州諸国はユダヤ人難民を拒否しましたが、パレスチナはユダヤ人難民を歓迎し、保護して来ました。

 しかし今や関係は逆転し、ユダヤ人が自宅を乗っ取り、パレスチナ人を追い出そうとしているのです。

 でも私達はユダヤ人を追い出そうとは思いません。一緒に同じ家で「共存」しようと言いたいのです。

 インドの国父、マハトマ・ガンジーは「インドがインド人のものである様に、パレスチナもパレスチナ人のものだ」と語っています。

 このように、世界の多くの人々がパレスチナを支持してくれているのですが…それは言葉だけで、現実的な支援にはなりません。

 経済的な支援で言えば、日本は最大の支援者で、これまでに学校、病院、道路、水道施設、産業育成の支援が行われました。日本国民の皆様には大変感謝しています。

 次にお願いしたいのは「政治的な支援」です。日本を含めた国際社会の支援により、不当な占領を終わらせる事です。

 私達、パレスチナ人はただ平和を望んでいる訳ではありません。「公正」を望んでいるのです。公正を以てパレスチナの現状が改善された後に、平和を望みたいと思います。公正なしの平和では、私達は合意できません。(了)

【プロフィール】
ワリード・アリ・シアム(Walid Ali Siam)
1955年 レバノン・ベイルート生まれ。
1994年よりパレスチナ国際協力計画省(現・パレスチナ自治政府計画省)北米部長、支援調整部長、世界銀行部部長。
1996 年に同省の日本アジア局長。99 年より駐日パレスチナ総代表(非常駐)。在韓国パレスチナ総代表も兼任。
2003年より駐日パレスチナ常駐総代表部代表(特命全権大使に相応)。
2011 年より在京アラブ外交団団長も務める。日・パレスチナ関係における外交官として長年活躍する。