ウクライナより日本国民の生活を守れ

半径三〇〇mしか見えない男

 第二一一回通常国会が一月二三日に始まった。昨年は七月に安倍晋三元首相が暗殺され、臨時国会は旧統一教会問題で明け暮れた。四人の閣僚が同問題と政治資金問題でクビとなり、年末にはいきなり防衛増税問題がぶちあがる。

 これには国民はすっかり怒り心頭だ。そもそも昨年二月のウクライナ問題でエネルギーや食糧の価格が爆上げとなり、これに円安効果が加わって、国民の生活は非常に苦しい。ミサイルを飛ばしてくる北朝鮮や尖閣近海を狙う中国については警戒心は消えないが、だからといってこれ以上の負担はご免こうむりたいというのが本音だからだ。

 実際に国際的に見て、日本国民は相対的に貧しくなっている。二〇一二年一二月に安倍政権が発足し、アベノミクスが始まったが、その恩恵を国民は受けていない。ようやく今年年頭の記者会見で、岸田首相が「トリクルダウンは起きなかった」と言明した。しかし「私がこの問題に終止符を打つ」という言葉はアテにならない。

 というのも、岸田政権が発足して一年と四か月たつが、どうしても視野の狭さが目立つからだ。言い換えれば、いったん決めたら柔軟に対処できないという硬直さだ。たとえば周囲の反対を押し切って、政権発足一年目に長男・翔太郎氏を首相秘書官に任命した。

 お坊ちゃん育ちで人が良いことは聞こえてくるが、「翔太郎氏は有能だ」との声は永田町でも聞こえてこない。能力主義で抜擢ではなく、あくまで跡取りの修行としての官邸入りという公私混同は、このご時世に受け入れられるものではない。挙句の果てに翔太郎氏は、山際大志郎前経済再生大臣の辞任の一報がいち早く民放局に漏れた件の〝犯人〟とされた。もっとも本人は否定しているが、周囲は「大いにあり得る話だ」と見なしている。

広島サミットのために明け早々のタイトな外遊スケジュール。しかし……

 そうした実情を反映して、内閣支持率も下落傾向は止まらない。対面式の調査のためにより細かな情勢がわかるとされる時事通信による調査では、一月の内閣支持率は二六・五%と政権発足後最低を記録。四か月続けて「危険水域」の二〇%台となり、自民党の支持率二四・六%と足し合わせた「青木率」は五一・一と政権運営が非常に厳しい状態を示すことになった。

 だが岸田首相は年明け早々、九月から一四日までイタリア、フランス、イギリス、カナダ、アメリカを歴訪。五月に予定される広島サミットに備えて、主要国の首脳たちに結束を求めてまわった。

 とりわけ防衛省が二〇二七年度までに最大五〇〇発のトマホークの購入を約束したアメリカでは、バイデン大統領がホワイトハウスの玄関で岸田首相を出迎えるという異例ぶり。バイデン大統領は昨年末にウクライナのゼレンスキー大統領をホワイトハウスに招いて支援を約束し、下院では一二月二四日に六兆円のウクライナ支援を盛り込んだ歳出関連法案を可決。しかし野党である共和党の一部からは反対の声も上がり、「援助疲れ」も出ている。その肩代わりを日本に求められてはたまらないが、岸田首相は一月六日の電話会談でゼレンスキー大統領からウクライナ訪問を要請され、「諸般の事情を踏まえて検討したい」と前向きの姿勢を示した。

岸田首相はどこを向いているのか

 そして一月二二日の讀賣新聞は、岸田首相が二月にウクライナ訪問を予定していると報じた。ウクライナは昨年二月にロシアの侵攻を受けて以来、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、カナダの首脳が訪問した。一二月にワシントンでゼレンスキー大統領と面談したバイデン大統領を含めて、G7のうちでゼレンスキー大統領と面談していないのは日本の岸田首相だけになったとのこと。「バスに乗り遅れるな」ということだろうが、そもそも他の六国はNATOの加盟国だが、日本は違う。ウクライナ訪問には五月の広島サミットの成功に向けての岸田首相の〝個人的思惑〟が見て取れる。

 だが細心の注意をもって見なくてはならないのは、日本が不要の紛争に巻き込まれないかという点だ。Twitterでは以前、在日ウクライナ大使館のアカウントが世界情勢に疎い日本人に命が保障されない私兵を募集したことがある。後に日本政府の抗議を受けて撤回したが、日本の主権を侵しかねない非常に危険な行為だった。

 そもそも「ここでロシアを叩かなくては、日本は第二のウクライナになる」という前提はまやかしだ。そもそも日本とウクライナとでは、ロシアとの歴史に大きな違いがあり、現実にウクライナがロシアと陸続きなのに対して日本は海を隔てている。

 むしろ日本が参考にすべきは、フィンランドやノルウェー、スウェーデンやデンマークではないか。これらの国は二〇世紀の前半、ソ連とナチス・ドイツの脅威に脅かされたが、その姿はまさに二一世紀の現在で中国とロシアと対峙する日本と重なるものだ。

 日本はもっと足元を注視すべきだ。とりわけ中国の一挙手一投足には細心の注意を払う必要がある。たとえば中国国家統計局は一月一七日、二〇二二年末の中国の人口が一四億一一七五万人となり、前年末と比べて八五万人減少したと発表した。さらに二〇二二年の経済成長率が三%であることも公表したが、これは国務院が目標とした「五・五%前後」を大きく下回る。異例の三期目を続投するために無理を押し通した習近平主席は、国内の不満をそらせるために、対外的な拡張を目論んでくるだろう。近いうちの台湾有事が囁かれるのはそれゆえだ。

 「台湾有事は日本有事」とするならば、その時に中国が最大の貿易相手国であり、中国への経済的依存度が高いウクライナは、日本を助けてくれるのか。またこれに乗じてロシアが中国に加担する危険性はないのか。果たして日本でこのような分析は進んでいるのだろうか。

 岸田首相がウクライナに行けば、お土産はもちろん相手国からかなりの支援を求められる。影にアメリカの指示があることは明らかだが、それでホイホイとおカネを出すことは、果たして日本の安全保障に寄与するのだろうか。

 防衛増税には反対だが、それでも自国を守るための出費ならいたしかたない。だがどこに遣われるかもしれない国の要求に従ってホイホイとおカネを出すことは、納税者として勘弁してほしい。

 もし岸田首相がウクライナに援助したいのなら、相手国の要求金額にはとうてい及ぶはずもないが、岸田首相が自分のポケットマネーから出せばいい。飛行機代など訪問の費用も、個人の負担でどうぞ。自身の懐を痛めれば、少しは国民の気持ちが理解できるようになるだろう。

筆者プロフィール

安積明子(政治ジャーナリスト)
兵庫県出身。慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。その後に執筆活動に入り、政局情報や選挙情報についてさまざまな媒体に寄稿している。趣味は宝塚観劇やミュージカル鑑賞。月に1度はコンサートに足を運ぶ。