第236回 一水会フォーラム 講演録
憲法を語る前に―なぜ日本人は異論を認めないのか?
今回、憲法に関してお話をする前に、まず「前提条件」を挙げておきます。
米国では、国家とは「主権者国民が幸せに暮らす為の場であり、道具である」と定義されています。
政府とは言わばサービス機関に過ぎません。主権者国民が政府に対し、「きちんとサービスしろよ」と命じるマニュアルが憲法です。
主権者国民から見て、政府の不具合、時代の変化があり、マニュアルを書き換える必要が生じた時には、憲法を改正する事ができます。
日本の憲法にも、九十六条に改正規定があります。私はこれを見て、「日本も適宜、憲法を変えればよい」と提唱しました。まだ三十代、米国から帰国して慶應義塾大学の専任講師になったばかりの若造の頃です。
そんなことをうっかり喋ったものだから、「いいのがやってきた!」とばかりに自民党改憲派に抱きつかれました。
当初は、私もまだ若かったので嬉しく思い、自民党に付き合ってきましたが、それから三十年に亘る議論の末、「二度と来るな!」と自民党から追い出される仕儀となりました。私にすれば「行かねえよ!」と言い返したいところですね。
その頃の私を「改憲論の御用学者」と見る向きもあったでしょうが、実際には、自民党相手に人知れず内部で論争を行っていたのです。
今回の参院選の結果、衆参両院で改憲派が三分の二を確保しました。「黄金の三年間」を手にした今、自民党は憲法改正に積極的に乗り出してくるでしょう。
我々は、自民党がどういう提案を出してくるかを事前に学習し、その手の内を把握しておく必要があります。そうすれば彼らのあやしい議論を覆し、撃退する事が可能です。私の予測では、彼らは恥をかいて終わることでしょう。
野球で例えれば、球を投げて来るのは自民党というピッチャーだけなのだから、バッターである我々はその球を打ち返す方法を考えておくべきだということです。
しかし、憲法の問題となると、「そんなものはどうでも良い! 俺はこう考える!」と言う人が必ず出てきます。私は私の意見を述べています。私の意見に対し、人によって異論反論があるのは当然です。私が教えた一水会の木村君も私と考えが違う。でも仲は良い。意見が違っても認め合う事ができる。これが普通なんですよ、少なくとも米国では。
ところが、日本では屡々、論争をすると次の日から目も合わせなくなったりする。私が付き合った自民党の議員もそうでした。道で会っても顔を背けるのです。安倍さんも最後はそうでした。どうも知識がない人ほどその傾向があるようです。
と言うわけで、今日は私の観点で見た「自民党がどういう球を投げて来るのか」のお話をしたいと思います。
暴論に過ぎない「日本国憲法無効論」
自民党が投げてくる球、①「日本国憲法無効論」。
ハーグ陸戦条約第四十三条に「国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行憲法を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、なるべく一切の手段を尽くさなければならない」とあります。これを根拠に「占領下に成立した日本国憲法は国際法違反だ!」とするのが、「憲法無効論」です。
しかし、そもそも国際法とは慣習の塊です。条約はそれが定められた当時の慣習を書き留めただけのものであり、必ずしも絶対的なものではありません。また、その時の有力な学者の学説が条約の法源になる事もあります。それほど未熟な法が「国際法」ですから、国際社会はまだ無法社会そのもので、皆が腰にピストル下げて歩いているのが実態です。「いざとなったら武力を行使する」はまだ生きています。
第二次大戦で同じく敗戦国となったドイツは東西に分断され、西ドイツは米国が占領統治を行いました。ナチスの統治体制を改める必要があったのですが、さすがは法典国家。先の国際法を盾に抵抗しました。
結果として「憲法」ではなく、「基本法」が成立した訳です。単なる屁理屈かもしれませんが…ドイツでは憲法は守られたのです。
一方で日本は「天皇制だけ守られれば何でも言う事は聞きます」と、事実上無条件降伏しています。
日本では帝国憲法の「改正」と言う形で日本国憲法が成立したのですが、この時「国際法違反だ!」と訴えるべきでした。占領統治が終わり、GHQもいなくなった数十年後に言い出しても仕方ないですよ。
この「無効論」では、日本国憲法への改正は「国際法違反」であるが故に、旧帝国憲法が「有効」だと主張されます。しかし、旧憲法が果たして戦後の日本に定着するでしょうか?
私は以前、一度だけ岸信介元首相と話をする機会がありましたが、その岸信介氏自身も「憲法無効論で旧憲法が復活するなんて、あり得ませんよ」と仰っていました。
戦後七十七年、日本国憲法下において何度も選挙が行われ、三権が機能し、法律が制定され、行政が執行され、裁判も行われています。法治国家として機能しているのに、これを「無効」としたらどうなるのか。改憲派のドンの岸信介氏でさえ分かっていたのです。
法律には「時効」があります。ある時期に行った取引は法的に正しくなくても、十年も続けていれば定着してしまい、「無効」とは言えなくなります。十年の間に培った信頼関係を壊す訳にはいかない。
これは「大人の約束」ですね。理屈だけではいかない点もあります。そう考えれば、「憲法無効論」とは、「喧嘩に負けた奴が、相手がいなくなったところでギャアギャア吠えている」に過ぎません。無視すべき暴論でしかありません。
虚しい議論でしかない「押し付け憲法論」
②「押し付け憲法論」。
敗戦直後、憲法作成に当たっては日本側から当初草案がまとめられましたが、帝国憲法に少し手を加えただけの、お茶を濁すだけの改正案でした。
マッカーサーはこれに怒り、独自の憲法骨子「マッカーサー・ノート」を示し、GHQの民政局に命じ、一週間の突貫工事で草案をまとめました。
これが改憲論者からは「素人が作った」と批判されますが、この時のチームにはハーバードを出た法律のプロも参加していました。
米国は戦争中から、日本の占領統治を考えていた国であり、占領後の国家像に関しても独自のビジョンを持っていました。
新体制の憲法に関してもチームを組んで研究していました。必ずしも「素人」とは言えません。占領統治に関してはプロだったのです。
その結論が突貫工事の末、文章になった日本国憲法です。
秘密裏に少数の人間で作っても、どこに「本質」があるのかはっきりされていれば良い。その際にはできるだけ美しい言葉を使う。解釈されて違う意味にされる恐れもあるから、多くは語らない…これはジョージ・ワシントンが言っている「憲法論」です。
ワシントンは軍人ですが、政治家でもありました。憲法とは歴史の曲がり角で、その時代の意思のひらめきで書かれるものでもあります。
憲法が米国の「押し付け」でも、当時の日本はそれを受け入れるしかなかった事情も考えなくてはなりません。「嫌ならまた原爆を落としてやろうか?」と脅されれば、これを受け入れるしかありませんでした。
戦争に負けた場合、普通なら国家は分断され、皇族は公開処刑される可能性だってありました。しかし日本は残った。
旧帝国憲法下では、異論が許されない全体主義体制が敷かれ、愚かな戦争が引き起こされました。
戦時中、「勝てるはずがない」と、山本五十六ら米国を知る人達は気が付いていたのです。私も留学先のハーバードのキャンパスで、しみじみそれを思いました。
その経験から、私も「戦争に負けた以上、押し付けられてもあの憲法は認めなくてはならなかった」と感じました。
私は色々な所で論争を行い、批判される事もありますが、殺される事はありません。でも大日本帝国の統治下では、私はどこかで「非国民」として扱われ、生命の保証もなかったでしょう。
そう考えれば戦後の憲法を認めるしかないですね。例え押し付けられたものだとしても、帝国憲法よりははるかに素晴らしいものですよ。
③人権より「国民の権利」だという議論。
この点については「朝まで生テレビ」で、西部邁氏と論争をしました。田原総一朗さんが「次は人権の話を」と言うと、西部氏は「人権じゃない!国民の権利だ!」と主張しました。横に座っていた私は不愉快でした。
人権とは「ヒューマン・ライツ」。人間の権利です。人間として存在している限り、神の子として何物にも束縛されない、オールマイティの資格があるという思想です。
しかし各人の利害がぶつかり、不自由な事も発生する。だから国家を組織して、互いに我慢し合いましょう。でも、「私が私である事」、尊厳、生命、主義、結婚の自由、職業選択の自由等は尊重されるべきであり、国家権力に邪魔されるものではありません。
つまりは「人」が先であり、人間が作ったサービス機関に過ぎない「国」よりも優先されるものです。「国家に基本的人権は侵させない」、これが人権論の本質です。それが分かっていない人が「国民の権利」と言い出すのです。
「国民の権利」とは、言わば「国の部品としての権利」です。国が上にあり、人はその「部品」だから権利を与えられている。人権とは真逆の主張です。
「国民の権利」を突破して、「人権」が主張される事になったのは、人類の歴史的進歩なのです。しかし、帝国憲法しか知らない人間はそれが理解できないのでしょう。
④「憲法のせいで日本がダメになった」論。
「憲法のせいで個人主義がはびこり、親殺しの様な犯罪が増えた」と言う人がいます。しかし親殺しの様な家族間の殺人は、実は帝国憲法下の戦前の方が多いのです。
戦前は家制度が絶対で、理不尽な親が成人した子供の結婚の自由を妨害する事がありました。家制度は全体主義にも繋がります。個人を束縛し過ぎていました。
⑤「美しい日本の憲法」。
そういう名称をつける事自体、「憲法知らず」です。憲法の前に「美しい」なんて付けるべきではありません。
「美しい」という価値観は個人個人で違います。キツネはキツネの嫁を取る。タヌキはタヌキの嫁を取る。しかしキツネから見て、タヌキの嫁は「美しい」とは言えない。逆にしてもそうですね。
それに反して、特定の価値を「美しい」として、皆にそれを崇めるよう強制させることは間違っています。「私が美しいと思うものは、あなたも美しいと思うはずだ」、この思い込みこそ、全体主義に近いものがあります。
一七七六年に成立した米国の独立宣言では、「all men are created equal(全ての人間は平等に作られている)」と定められています。これを福沢諭吉は「天は人の上に人作らず、人の下に人を作らず」と訳しました。
人間は全員違います。同じ人間はいません。この違いを、法律に反しない限り、認め合うのが「人権論」の本質です。これを理解しない人間が憲法改正を主張することは、極めて不愉快です。
「三大原則」が骨抜きにされる、自民党改憲案の嘘
さて、自民党の改憲論議では、前提として必ず「日本国憲法の三大原則(基本的人権の尊重・平和主義・国民主権)は守る」と平然と言います。しかし、これは無知か、あるいは嘘付きです。
私は以前から、「日本で憲法改正するのであれば、この三原則は守るべきだ」と主張しています。例え米国から貰ったものと言っても、良いものは良いものです。
戦前は天皇主権でしたが、別に天皇陛下が表に出て政治をする訳ではない。結局、陛下の名を悪用し、為政者が勝手な政治をしてきたのが、「天皇主権」の実態でした。
国民みんなの勤労と納税で守られているこの国は、国民みんなによる平等な多数決で決める。これが「国民主権」です。
「平和主義」も、左翼が言う「敗北主義」ではありません。これは「軍国主義」の反対です。
「軍国主義」とは、国際政治の最初の解決手段として、交渉ではなく軍隊を送るやり方です。
他国の侵攻を受けた時に両手を上げて降参する(敗北主義)ではなく、国際政治の場で外交による解決をまず優先する。それでも侵攻された場合には、国際交渉の最後の手段として、やむなく軍事力を使う。これが本当の「平和主義」です。
「基本的人権」に関しては、先述した通り人は皆、同じではありません。お互いの違いを認め合うのが「人権尊重」です。
二〇一二年に自民党が打ち出した改憲草案の一〇二条第一項では、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と規定されています。
「憲法を尊重しろ」とは、本来、権力者側が守らなければならない規範のはずです。それが逆に、国民を縛るものになっています。
第二項では、「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」とあります。これこそトリックです。「一般国民が憲法を守っているかどうか」を、権力者側が憲法の擁護者として管理する。
主客転倒ですね。あり得ない話ですよ。現行憲法の九九条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とありますが、これは主権者国民の意思です。
憲法とは権力を預かるものがそれを乱用しない様に縛るものですが、その逆で、国民に対して「憲法を尊重しろ!」なんてあり得ない話ですよ。
しかし、「世襲貴族」の様な議員達は「なんで俺達だけが憲法を守らないといけないの?」と、全く理解していません。
主権者国民が憲法を作ったものであるなら、「作者」も憲法を守るべき…と私が言ったところ、これを悪用され、「国民も憲法を守れ!」となってしまったのでしょう。こういう低レベルの人間ばかりしかいない。議論にもなりません。
さて、憲法に「自衛隊」と書き込むだけの―所謂「加憲」では、論理的に自衛隊という名称は違憲ではなくなります。
ここで私は「単語は違憲でなくても、その行動の範囲は違憲になり得ますよ」と、皮肉を込めて忠告した事がありました。
海外派兵も集団的自衛権も九条のままでは、「必要・最小限」を超えるからできません。私は質問されるたびにそう説明しました。歴代政府、歴代法制局の見解です。
安倍氏は「自衛隊」と憲法に明記する事で自衛隊の違憲性をなくそうとしていましたが、同時に「必要」な自衛という言葉も入れました。必要とは米国に要求されたら、否応なく派遣できるということです。
米国、ホワイトハウスで、安全保障担当の補佐官と話した事がありますが、その時も「米国から貰った憲法の改正ができない以上、対米軍事協力は無理ですね」と言いました。
これを可能にするのが「必要」と言う言葉であり、従米協力を可能にする為の改憲と言う事が分かります。この嘘に騙されてはなりません。
「先祖の恨みを晴らせ!」―「世襲貴族」が進める改憲の危険
国旗に敬意を示す…これは各人のその日の気分で違います。米国ではスポーツの開会式で、黒人が国旗国歌に対しNOを示す事があります。これこそ自由で民主的な国家における良心の自由です。
NOを示した黒人も、違う場面では国家に忠誠を誓い、国の為に死ぬ事もあるでしょう。その日その日で違って良いことです。
しかし、自民改憲草案第三条で国旗国歌の尊重義務が規定されています。そうなると…子供の入学式に参列した父親が日の丸君が代を拒否した時に、「非国民! 立て! 歌え!」と注意されるでしょう。
そんな世の中はまるで戦時中ですよ。「思想良心の自由の侵害」ではないでしょうか?
「良心の自由」とは人権の中心にあります。良心に基づき、表現の自由も、信教の自由、結婚の自由等も成立します。それを無視して国旗国歌を強制するのは明らかに人権侵害です。
こうして「三大原則」を破る提案をしているのです。
また、「緊急事態条項」も問題があります。「大災害が起きた時には三権の分立と人権を全て止めて危機に迅速に対処する」…この発想はありますが、実際には少し違います。
自民党の草案では全国一律、首相に全権が与えられます。しかし、災害は全国一律には起きません。せいぜい県単位。市町村単位です。
現行憲法十二条十三条では「公共の福祉」による人権制約が定められており、災害対策基本法、感染症対策基本法、国民保護法等、非常事態法制が整備されています。だから、現行法でも緊急事態に対応する事はできるのです。
災害対策で裁量する権限の拡大が必要なのはむしろ現場の自治体であり、政府は人やモノを支援する為に、バックアップに専念すべきです。
「参議院の合区解消」なんて、世襲議員の地位温存の為でしかありません。一票の格差が問題だというなら、参院の定数を倍にしてもできます。これも現行法を改正すればできる事です。
一九六二年の米国最高裁判決で、「議員は国民の代表である」と確認されました。誰も住まない土地の代表ではありません。だから人口に比例して議員定数が決定されるのは当然です。
ふと気が付きましたが…自民党はそもそも改憲が「目的」になっているのではないか?
改憲で日本を良くするのではなく、改憲する事そのものが目的で動いている様に見えます。
かつて帝国憲法下の日本でエリートだった連中は、敗戦で公職追放を受けましたが、冷戦勃発により国政に早く復帰する事ができた。その子孫の中心が今の「世襲貴族」議員たちです。
憲法は票にも利権にもなりませんが、これを変えて先祖の恨みを晴らそうとしているのが、安倍さんの様な「憲法マニア」ではないかと思うことがあります。
憲法改正には、八百億円の国費がかかると言われております。また、国会が発議すれば、二〜六か月の公論に決します。それだけの政治的空白を作ってまで騒ぐような事でしょうか?
政治の使命とは、主権者国民の生活を向上させ、維持する事です。
我が国は今、改憲よりも先にやるべき課題が二つあります。まずはウクライナ情勢と中国の動向を睨んだ有事への備え。防衛力の強化です。
もう一つは経済の立て直しです。日本に「子ども食堂」がある事自体、政治の失敗と言えます。国民生活の向上、格差の是正、福祉の回復…。これらは改憲しなくてもできることです。
「先祖の恨みを晴らす」事に憑りつかれた「世襲貴族」たちの嘘に騙されてはなりません。それはこの国を失う事であり、私たちの生活を失う事であり、子孫の未来も失う事になります。
(了)
【プロフィール】
小林 節(こばやし・せつ)
昭和24年、東京都生まれ。昭和47年、慶應義塾大学法学部卒業。昭和52年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得。平成元年、法学博士。
米ハーバード・ロー・スクール客員研究員、ハーバード大学ケネディスクール研究員等を歴任。
平成元年に慶應義塾大学法学部教授に就任。平成26年に名誉教授。
改憲論者として自民党改憲案に携わってきたが、イラク戦争、自衛隊インド洋派遣には反対を表明。また、憲法学者の立場から安倍政権の憲法改正に反対を表明。平成27年の安保法制を巡る国会議論では、参考人として出席。「集団的自衛権行使は違憲」と表明した。
近著に『憲法改正の真実』(樋口陽一と共著、2016年、集英社)、『「人権」がわからない政治家たち』(2021年、講談社)等。