鈴木宣弘(東京大学大学院教授)vs石田卓成(防府市議会議院・農業従事者)

 国の防衛は軍事だけに留まらない。国民の生命を維持する上で最も重要な食糧を我々は蔑ろにしてはいないだろうか。その問題の核心と対策を確認すべく、防府市市議会議員でもある石田卓成一水会山口県支部長が「食糧問題」の第一線で精力的に活躍される東京大学教授の鈴木宣弘教授の研究室を訪ね、農業に対する政府の無策について徹底的に語り合っていただいた。今号・次号に分けて掲載する。            (編集部)

止まらない減反傾向と農地の転用

石田 私は、農家の担い手の一人として地元防府市で十三町歩(約十三ha)程度の田圃をやっていますが、周辺地域を見回すと年々離農される方が増えてきていて放棄地の増加が止まらない状況です。政府は太陽光政策のもと、それらの放棄地を太陽光発電設備への転用を推奨しており、企業などへ土地を手放す農家もどんどん増えてきています。もともと、農業には利益を追求するだけでなく、国民の食料を確保するという使命があると思っているのですが、近年の農業政策は〝利益追求〟に焦点が当てられている気がします。ここで、しっかり農業政策を見直して方向転換しなければ二度と日本の農業は立ち直ることができないのではないかと思っています。

鈴木 太陽光政策は、官邸と経産省が推進しており、投資対象として日本中に太陽発電パネルを張りめぐらせるという指示を出しています。農業分野でも「営農型太陽光発電」と言うことで営農と太陽光発電の両方を選べるように指導していました。一部では、それでうまくやっているところもあるのですが、官邸と経産省が考えていた事は違うようです。以前は、十アール当たり八割程度の収穫がなければ太陽光パネルの設置を許可しませんでしたが、いまでは、そういった規制を緩和してパネル設置を推し進めています。そして、耕作の見込みがない土地は、さっさと見切りをつけて太陽光パネルを設置しろと言っているのです。これで農家の方々の農業に対する意欲も薄れてしまい、あちこちの農地が太陽光発電に切り替わってしまっているのです。

 こういった政策に力を入れていたのは安倍元首相で、「自然エネルギーは環境に優しい」との触れ込みを掲げながら、実際は、地域環境を破壊しながら押し進めていました。じつは、農水省はこの方針には反対でした。農業委員会の元締めである農業会議も、これはひどいと強く抵抗したのですが、以前から「規制改革派」が深く入り込んでいる安倍政権の主導でしたから全く抵抗ができなかったのです。そのため、全国各地で無秩序に太陽光パネルが張られるようになって、名目だけの〝営農〟になっているという状況なのです。

「裁判など面倒なことになるのが怖い」

石田 私たちも農業従事者として、この流れをなんとか止めたいと思っているのですが、「国の施策だから仕方ない」と現場は諦めムードになっています。特に、行政担当の役人は皆さんがそういう態度です。しかし、農業環境には必ず悪影響が出るのは目に見えていますから農業委員会が中心になって、この流れを何としても止めないといけないと思っていますが、一部ではその成果も見られる地域があります。例を上げると、大阪府の箕面市では太陽光パネル設置に関して地域住民の同意がないと市の許可が下りないという方式です。こういった施策が各地方でも取れたらいいのですが、私の防府市議会においては自民党議席が大多数で問題意識も低いため、ほとんどが市長の言いなりです。私は、農業委員会の席上で、「この委員会は農業者の代表が出ているのだから、あくまでも農家の立場で周囲地域に悪影響を与えないかを真剣に審議するべきだと思っています。そのうえで、法律に関する問題の判断をするのは事務局の役割ですから、各々の役割を踏まえた上でしっかり議論しましょう。煙たがられても、問題提起のチャンスでもあるのだから言うべき事はしっかり言わないといけない」と発言したのですが、事務局の態度は「裁判など面倒なことになるのが怖い」と逃げ腰なのです。

鈴木 たしかに、農業従事者が訴えても事務局などは、運営する行政側と結託している場合が多くなかなか難しい。同じような問題が東京都の青梅市にもあります。ここでは、火山灰に由来する「黒ボク土」と言う世界でも肥沃な土壌の畑があります。四十ヘクタールもの素晴らしい畑なのですが、ここを大規模流通センターに転換する計画が進められています。これなども、本来、農業委員会が阻止すべき事業計画だったにも関わらず、企業側と地権者でどんどん話が進められ、結局、地権者も承諾してしまったのです。農業委員会にもっと大きな権限があれば良いのですが現実はそういったことが起きています。全国をみても耕作放棄地以外にも現役の農地が大規模施設に転用される例が後を絶ちません。

 また、漁業問題、軍事問題とも関係してきますが、佐賀県の佐賀空港への自衛隊輸送機オスプレイ配備計画を巡り、ここでも四十ヘクタールほどの土地がオスプレイの基地に代わってしまいました。こんな状況が各地でどんどん進行しています。農業会議は、営農型太陽光パネル設置の規制緩和に対して大きな危機感を持っているのですが、行政から睨まれるのが怖いので彼らが直接発言することはありません。私の所に来ては「独り言」とか言って、私から世に問題提起させようとします。これでは農業委員会の機能不全と言わざるを得ません。

石田 当事者である農業従事者たちに「闘う覚悟」がないと駄目ですね。農水省などの役所が動かないのは、ある意味仕方ないとはいえ、農業会議は独立した別の機関ですからいうべきことを言わなければならないと思います。農家も農業委員会からは農地をしっかり整備するようと言われているのですが、後継者となる息子たちにこれ以上苦労をかけたくない思いで土地を簡単に手放してしまう現実があります。現場を担当する行政は、上からの圧力には逆らえませんから、全国農業会議所の稲垣照哉事務局長などが本気になって農業への指導的発言していただけたら農業政策への有意義な影響が与えられると期待しているのですが。

規制改革派が目指す特区による農地売買

鈴木 もう一つ大変な問題があります。人口減少が進む兵庫県養父市では、高齢化や離農により「農地」が守れなくなる事態をいいことに「特区」に指定して規制緩和を進めています。そこに、オリックスグループが進出しました。私は特区の発足当初から、「これは全国展開を狙った国家私物化特区だ。絶対にその突破口を開いてはいけない」と訴えて国会でも証言しました。しかし、今年、規制改革会議で全国展開が決定しましたからもう誰も止める事はできません。官邸の意思決定が規制改革会議に降りて、誰も文句が言えない状況になっているのです。

 竹中平蔵さん、オリックス元社長の宮内義彦さんとローソン元社長の新浪剛史さんの「MNコンビ」と言われる二人が養父市で特区化を進め全国展開が決まったのです。農業委員会の人事も任命制にして、竹中・宮内・新浪の三人が自分たちを任命してやりたい放題という計画が進行しています。農地は転用目的で処理されて、その他にも全国の農地を物色しているという噂まで聞こえてきます。

石田 兵庫県淡路島には竹中氏のパソナがすでに入っていますね。しかも、自然栽培をやろうとしているといいます。現在、ナチュナルハウスを経営している農家の方々からは、パソナの参入でナチュラル農法が台無しにされる、と危機感を抱く声が聞こえてきます。楽天グループの三木谷さんも山口県の長門市と包括連携協定を締結して「楽天農業」をやり出しましたが、自然栽培に対するイメージが悪くなりますね。自然栽培の収益性は決して良いとは言えませんから、儲からないとなるとすぐに止めるのではないですか。おそらく養父市もそうなると懸念します。資本主義の論理や企業経営の論理でこの分野に参入しても自然相手にはうまくいきません。

鈴木 「自然の摂理に従う」という自然栽培の精神を正しく理解し、受け入れて着実にやり遂げる真っ当な人間でないとできません。所詮、儲け至上主義の彼らには向かない分野です。自然栽培とは真逆といえる、今だけ、カネだけ、自分だけという歪んだ心の彼らが自然の力を理解する事はありません。ただ、それも現実ですから由々しき事態です。

石田 政府は、農地管理を自己責任として農家に押し付けています。しかし、農地は大事な日本の国土でもあり、食糧安全保障の観点からも、国民の生活を守る責任をもって正しい政策の誘導が求められます。しかし、政府にその気は全くないようです。私たち農業の現場としては、農業収入が見合わないことで生活が行き詰まれば、泣く泣く農地を手放すしかなくなります。政府が取るべき農地政策とはどうあるべきなのでしょうか。

鈴木 農地を農地として維持する事の重要性、それは営農以外にもあります。田んぼであれば洪水など自然災害を防ぐという面もあります。さらに、地域環境を守るという多面的機能もある訳です。ただ、農地は〝自分の財産〟と思っていて「売って何が悪い?」と言う感覚の人も確かにいます。以前は、農地は皆んなで守っていかなくてはならないと言う感覚というか、協同意識がありましたが、近年は目先のことしか見ないで農地を手放す例が増えてきています。本来なら農政指導で自治体や地元の集落の方々で管理をしながら運営する農業法人が理想的と言えるのですが、自治体は、やりたがりません。一方、海を分けることができない漁業では、地元の地区などで独自のルールを決めて資源が持続できるようにしています。農業でも個人が勝手に土地を処分することで地域の農業は虫食い的に崩壊してしまいます。共同体での管理は大変重要で、農協こそ本来の「共同体」であるべきです。私は、こういった問題に農協がどう関わるべきか注目をしています。

 社会は「私(個人)・公(政治)・共(地域共同体)」で構成されています。この三要素で社会はバランスよく運営されていましたが、近年は「今だけ、カネだけ、自分だけ」の〝私〟の部分が肥大化して〝公〟を取り込んでしまいました。これに抵抗するには〝共〟しかありません。共同体がしっかり機能し、ルールを守らせて調整すべきです。私は農協や生協がその役割を果たして欲しいと全国を回ってJAに提言しています。
(以下、次号)

鈴木宣弘(東京大学大学院・国際環境経済学研究室 教授)
石田卓成(防府市市議会議員・農業委員)
記録・文責 伊藤邦明(一水会事務局長)

【月刊レコンキスタ令和四年一〇月号掲載】