鈴木宣弘(東京大学大学院教授)vs石田卓成(防府市議会議員・農業従事者)

前号では、鈴木宣弘東京大学教授と石田卓成一水会山口支部長により、再生可能エネルギー推進政策によって無秩序に太陽光パネルが設置された農地の現状や、規制改革派による利益優先の農業で脅かされる食の安全性など、食料防衛の視点から真剣な意見が交わされた。
今回は、懸念される日本の食料崩壊を食い止めるため目指すべき日本の農業のあり方や、国民に向き合っていない農業政策について、厳しい意見が飛び交う。                       (編集部)

農家なしではありえない農協の存在

石田 農地の共同管理をサポートする組織として農協は適任です。私は、お米を農協に出荷した事はありませんが、良い相談相手にはなっていただいています。担い手の対応をするTACの職員については、公募制などで地域と真剣に関わっていただける職員さんを採用して欲しいと提案しているのですが、私の要望だけではなかなか動いてくれません。

鈴木 今なすべきことは、収支改善などの小手先の議論ではなく、潰れそうな農家を救済する議論です。農家が潰れることは農協も潰れることですから、農協は赤字になっても率先して農家を助けるべきです。今はその岐路に立っている状況で農家を守る最後の砦が農協ですから、その役割をしっかり果たして欲しいと思います。農家が大変な事になっているのに、組織をどう守るのかの議論を優先しているようではだめです。

石田 農家の為に農協職員が積極的に動けば良いのですが、「共済に加入してくれ」、「貯金をしてくれ」ということしか頼みに来ません。結果、農家の人達の農協離れが進んでいるのが現実です。常日頃から営農相談に乗ってくれるとか、農家と親密な信頼関係を作っていればそうはならないでしょう。一例を上げると、本来なら農協がやるべき煩雑な「環境支払交付金」の窓口は私がやっています。農協は動かないのです。最近は化学肥料代が急騰して、環境保全型農業の重要性が高まっています。こんな時こそ農協が率先して農家を指導して欲しいのですが、そのような動きはありません。農協の信頼向上にも繋がるでしょうに残念です。

 国が「みどりの食料システム戦略」を始め、農業の重要性をアピールするのなら、農協が主体となって農業政策の周知に取組んで欲しいのですが、農家に高価なコンバインなどの機械を買わせて借金返済の為に農業をやらせているとしか見えません。農協の利益の為に農業をしているようでは本末転倒です。

めざすべき未来の農業とは循環型農業

鈴木 私が農水省に入った四十数年前は、「有機栽培」や「自然栽培」を口にすれば変人扱いでした。今では、「みどりの食料戦略」で有機栽培が推進されています。シェアはまだ〇・五%しかないですが、これを五十倍に増やすという計画で隔世の感があります。好むと好まざるに関わらず時代は変わっていますから、国内にある資源をフルに循環させてやって行くしかありません。放牧酪農においては、現に草を飼料にした循環型でやっています。江戸時代は日本全国どこでも〝有機栽培〟、〝自然栽培〟で賄っていたのですから循環農業の実績はあったのです。

 そのような指導とお膳立てを農協や行政がやってくれたら良いのですが、問題は、農協も行政も動きが鈍い点です。政府が動かないなら共同体が動くべきです。農協は共同体の核ですから、今こそそのタイミングなのです。農協には信用共済の運用資金だけで一五五兆円もあるのですから、なぜ、それを還元しないのか。

石田 そのことに関しては、変なファンドに投資して失った…という事をよく聞きます。農林中金の職員は金融会社から接待漬けにされてジャンク債の購入を持ちかけられて散財する。年金機構もそうですが、公金を扱っているという認識がありません。先日視察に伺った茨城県水戸市の農業公社では、農機を安値で借りられる仕組みを作っていました。運営的には赤字なんですが水戸市の支援もあり、しっかりと農家のサポートができています。多くの地域では農家の自己責任で高価な農機を買わされていますが、水戸市の事例を学び、実践して頂ければ、各地域で現状を変えていけると思います。

鈴木 今後は有機栽培、自然栽培重視の方向性へ行くでしょう。これは世界的な潮流です。これまでの考え方では、この先やって行けません。

国益に直結する資源の有効活用と安全性

石田 一方で、国内資源の活用を積極的に進める必要があります。例えば、出荷できない、ふるい下米(くず米)を家畜用の飼料米として利用することは循環型と言えますが農家の多くはそうしていません。国や農協が率先してやれば良いのですが、これも、なかなか動きません。

鈴木 もう国外の資源に頼ることは難しくなってきていますから、「米をエサに使う」という方向は適切で、そのように動かなければいけません。

石田 残念ながら亡くなられましたが、栃木県で有機栽培を実践されていた稲葉光圀さんという方は、コメのほかに大豆、小麦の二年三作を実戦しておられました。既に、こういう技術を持っている先人がおられるのですから学ぶ点は大いにあると思います。

鈴木 千葉県のいすみ市でも稲葉さんのご指導で有機稲作を展開していますね。市長さんが学校給食用に市として一俵二万円で有機米を買い取るという財政支援も行っています。ちゃんとやれば有機栽培、循環農業への転換は進展しますし、学校給食で有機米を活用していけば需要も確保できる訳です。しかし、率先して動くべきは国なのに、そういう予算はつけない。

 米国式のパン食を普及させたのは学校給食による「洗脳」です。日本の小麦ではなく、米国の小麦を使ったパンを食べさせる。パンの製造業者も未だに輸入品を使っていますから国産の小麦は余ってしまっています。

石田 値段は同じなのにどうしても売れないのなら国産小麦は、むしろ、飼料に転換すべきです。活用する方法はたくさんあると思います。

 輸入用の小麦には危険な農薬が大量に使われていると聞きます。そして、遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシなど、米国では家畜が食べるようなものを日本人は食べさせられているわけです。子供達には身体に良いものを食べさせるのも大事な教育の一環ですが、ここでも民間への委託が進んでいます。
鈴木 日本の食料自給率は低く、輸入農産物の安全性に不安があってもいやとは言えない状況になっている事をまず考えなくてはなりません。しかも、外国産依存では「兵糧攻め」されたら食料がなくなり終わりです。

 〝食〟こそ、安全保障であり国防なのです。兵糧なくして戦えないことは前の戦争で得た教訓であるはずですが、戦後の日本人は、みんな忘れてしまいましたね。

 財務省は「そんな予算はない」と反対するでしょうが、オスプレイを買う予算があるのなら、もっと食糧にお金をかけるべきでしょう。「国民の命を守る」のが国防であるなら、農業を守ることこそ国防です。その為に使う予算がないと言うのは「基本のキ」がなっていませんね。

今だけカネだけ自分だけは亡国への道標だ

石田 農業だけではなく、ありとあらゆる分野が危機的状況になっているのですが、すべて「予算はない」と言う理由で片付けられるのは納得いきません。財政危機を理由にお金を出さない財務省ですが貨幣とは何なのかを理解していません。今すぐ積極財政に転換し、お金を刷れば予算は確保できます。農業政策だけでなく、全ての問題の元凶は財務省です。まずは財務省の解体が必要です。

鈴木 財務省は昔から「今だけカネだけ自分だけ」の省庁ですから、自分らが儲かる事だけを考えて、他省の政策には一切カネを出さない。

 今は〝有事〟です。国民の生命は危機に瀕しているからこそ、食料の確保は最重要課題なのに財務省は農業を軽視しています。国家、国民全体の事を考えず目先の事しか見ていない省庁は不要です。

石田 財務省の官僚は皆東大法学部を出た秀才ばかりでしょうに、日本がデフレに入って三十年以上経っても、まだ考えを改めないのはおかしいです、何故気が付かないのか不思議です。

鈴木 法律や制度は国民を守る為にあるのに、三・一一の復興予算さえもわざと使いづらくして国庫に戻るようにしていました。

 農地を潰して太陽光発電を推進させる経産省もそうですが、政府も官庁も、国民本位に戻って仕事をするべきです。

石田 農水省の役人たちも現場の実情を見ようともしません。補助金を沢山もらって、一見すると収益を上げているように見える所にしか視察に行きませんから「改善する点はないですね」と満足して帰ってしまう。こんなんだから農家の現実が全く判っていない。

鈴木 リーダーが、我が身を守るために国民を犠牲にするようでは国や地域は良くならないでしょう。わが身を捨て、国民の為に命を捨てる覚悟で政治をやるのが本来のリーダーです。

 前に述べた「私・公・共」についてですが、「私」の部分が突出して強くなったのは、まさに資本主義の世を表わしています。資本主義があまりにも肥大化した結果、「今だけカネだけ自分だけ」が横行するようになってしまいました。

 「私」を抑制するのは「公」ですが、これが強化されるのが社会主義です。資本主義も社会主義も極端になるのは危険です。だからどちらも抑制しなくてはならない。そして、そのどちらをも抑える事ができるのは最後の「共」にあると考えます。資本主義と社会主義のバランスを取ってうまく社会を運営する。共同組合的な機能に委ねる事は、マルクスも言及していました。だからこそ共同体に立ち戻るべきでしょう。

石田 流行りのように使われている『グローバリズム』というのが実は一番の大敵です。右も左も、国や国民を守ると言う点では一致するのですから、それを一致させた「共同体」の重要性が多くの人に理解されることを願っています。 (了)

鈴木宣弘(東京大学大学院・国際環境経済学研究室 教授)
石田卓成(防府市市議会議員・農業委員)
記録・文責 伊藤邦明(一水会事務局長)

【月刊レコンキスタ令和四年十一月号掲載】