戦争が終わらない理由

 この戦争を終わらせるためにはロシアに向き合い、真剣にその主張に耳を傾けて妥協点を探し出すことだ。同時に米国によるウクライナへの兵器供与を停止させなければならない。いたずらにゼレンスキーを応援してロシアを誹謗するプロパガンダを続けている場合でない。

 ゼレンスキー大統領は二月二四日のロシアの侵攻開始の状態にまで戻すまで戦うとか、クリミアを取り戻すまで戦うと咆哮しているが、それは武器の供与が続くからだ。米国は意図的に武器供与を続けて戦闘の引き延ばしを画策しているが、それによるウクライナの犠牲は拡大するばかりである。

 ウクライナの被害だけに留まらない。制裁を科している欧州の経済が破壊されはじめていて、更にはその影響を受けて世界全体が経済停滞の被害に遭っている。唯一恩恵を得ている国が米国である。だから米国には急いで戦争を終わらせる理由は無い。むしろ自国の軍事産業はこの戦争が続く限り武器製造に拍車がかかり多大な利益を得ている。

 地下資源でも同様である。米国は欧州の石油ガス市場からロシアを放逐して自国のシェールガス、シェールオイルの輸出市場に変える計画を着々と推進している。実際のところ米国は二〇二〇年純輸出国になったが、ウクライナ問題発生以降は特に急激に増えていて八月に入ると一九九一年二月以来の最大値となった。このようにウクライナ戦争は米国に沢山のメリットをもたらしている。ロシアが止めないから戦争が続くというのは間違いであり、詭弁である。

ウクライナ経済回復の見通し

 ウクライナの経済学者ビトレンコ氏(元ウクライナエネルギー省大臣)は二〇一五年の時点でウクライナ経済が破綻していると証言している。〝工場の三五%は稼働しておらず、二五%は市場を失ってしまい、一〇%が破壊されてしまっている〟と述べている。それから七年を経て、現在は比較できない程一層悪化していることは疑う余地もない。

 もう一つは人口の要素である。ウクライナはソ連崩壊によって独立国になったがその後同国の人口は急速に減少してきた。今年に入ってから男性の強制的な戦場への投入と国外への避難による流出によって労働力が急減している。具体的な数字では過去三〇年間で五二〇〇万人(一九九一年)から四、一〇〇万人(二〇二一年四月時点)に二一%も減っている。現時点で総人口が三、〇〇〇万人近くまで減っていると推定される。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば本年二月二四日から八月二三日までのウクライナからの出国者数は一、一五四万人、入国者数は四九八万人と発表している。入国者には外国からの戦闘要員が大量に含まれると推定される。

 このように労働力からみても自力による経済復興は殆ど不可能であることがわかる。因みに世銀はウクライナの今年度のGDPが昨年対比四五・一%減少すると予測している。これは国家破綻のレベルだ。

復興のための財源

 ウクライナは戦争中だけでなく、終了後も復興のために欧米の支援を得なければならない。七月にスイスのルガーノでウクライナ復興支援のための欧米諸国による会議が開かれた。この会議に参加したウクライナのシュミハリ首相は復興に必要な資金は七五〇〇億ドルと報告し、復興計画と財源についても述べた。それによると復興資金の源泉として欧米諸国が制裁としてロシアから差し押さえた外貨準備高約三、〇〇〇億ドルを充てるべきだと主張したという。ウクライナには交戦国の弱体化と自国の復興にはそれが当然のように思えるのかもしれない。しかし国際法上、他国の資金を当事国の了承なしに奪取することや、無断で他国に供与することを認許する国際法上の根拠はない。

 ウクライナ国内の治安は独立後も悪化したままであり、犯罪が蔓延している状態にある。その犯罪を取り締まる治安組織が犯罪組織化しつつあるという。シュミハリ首相の要求はそうした国内の無法を国際レベルに持ち込もうとしていることに他ならない。欧米諸国もウクライナ支援のためとは言え、このような無法を是認できる筈がない。ではIMFや個別の欧州諸国がどこまで本気で支援を続けるのか。おおいに疑問である。

世界秩序の変化

 多くの専門家が指摘しているように世界ではレジームチェンジが始まり、進行中である。第二次大戦後一貫して世界の政治、経済を主導してしてきた米国が自らの弱体化を実感して必死に抵抗している。米国一極主導の金融システム(=ブレトンウッズ体制)の瓦解は一九八〇年代から顕著になってきた。相対的にロシア、中国などの他、アジアの新興経済諸国の経済規模が着実に拡大して、米国の地位を脅かしている。米国がGDPで中国に追い抜かれるのは時間の問題である。世界はいま旧秩序が新秩序に急速に置き換わる過程にある。

 米国は一極覇権維持のために、その邪魔をする中国とロシアを弱体化させる課題を抱えてきたが、遅かれ早かれ中国とは頂上決戦を強いられる。その際に中国とロシアを一緒に相手にすれば勝ち目はない。まずロシアを弱めることが先決である。

 そのために混乱を極めているウクライナを利用することは必然と言ってもいい。民主主義、民族自決、ウクライナの救済という表向きの目的とは裏腹に、ウクライナに代理戦争をさせてロシアを弱体化することにある。

 しかし米国にとって残念なことだが、ロシアの経済は堅調に推移しており(後述)、ロシア国民のプーチン政権支持は固い。ロシア国民はこの戦争の真の敵はウクライナでなく米国であることを見抜いている。

 この戦争が終結した後、誰がウクライナという破綻国家を助けるのか。欧州の経済はロシアへの制裁開始後顕著に減速をはじめた。各国はウクライナより優先すべき国内の経済課題を抱えている。インフレ率は想定以上に上昇し、通貨ユーロは下落し、株価も下がる一方である。戦争がいずれ終局に近づけばウクライナは早晩見放され、やがて相手にされなくなる。

 米国も四〇年ぶりの物価高とその抑制のための金融引き締めによって景気後退局面に入っている。そうした中で利用価値が無くなればウクライナを容易に見捨てるであろう。政治的には米国の次の関心は台湾に移り始めている。ウクライナは悲しき道化師で終わる。

ロシアはアジアへ向かう

 プーチン大統領は二〇一二年のウラジオストックにAPECを招致した際に、これからはアジアの時代であると明言している。そのために極東地方の社会、経済の水準を高めると。脱欧入亜、東高西低政策の始まりである。経済では欧米の主要国が主導してきた国々の経済は縮小し、米国のロシア制裁に同調しない国々が徐々に主要な地位を占めはじめている。二〇二一年のGDP平価でみると中国が一位、米国二位、インドが三位になっている。米国側主要国の経済覇権は次第に中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジルなど非米側陣営の国々に移っている。ロシアはこれらの国々と結束を進めて、欧米主導の経済に束縛されない経済発展を目ざす道を歩み始めている。アジアでロシアに同調しない経済上位の国は日本と韓国だけだ。

日ロ相互補完の意義

 ロシアが日本の将来のためにどれだけ重要な隣国であるかは自明である。日本と本来ロシアは絵に描いたような相互補完関係が成り立つ国同士である。日本になくてロシアにある地下資源や穀物、ロシアには乏しいが日本にある技術やノウハウの蓄積、両国で合計二億五〇〇〇万人の市場、これらを共有すれば相互にメリットは大きい。だからこそソ連時代から日本の賢明な政治家たちは米国の脅しや牽制を受けながらも、ロシアとの関係構築と発展に最大の努力をしてきた。そしてロシアとの平和条約締結を目指して外交努力を続けてきた。

 しかし岸田総理はそうした努力の積み重ねの結果をまるで幼児が積み木を崩すように一瞬で破壊してしまった。米国追随という最も安易な道を求めたからだ。ロシアを敵国にしてしまった。百害あって一利なしである。日本は今後この関係の修復に長期にわたって苦労することになる。

日本政府の安易な同調

 日本の安全保障政策は慎重に考え抜かれたものでなければならない。米国の安保政策は一貫してロシア(ソ連)、中国を敵視したものだが、日本がその政策に歩調を合わせることは自ずとロシアと中国を敵視することになる。

 百歩譲って戦後の歴史経緯から米国に平仄を合わせることはやむを得ないとしよう。しかし個別の問題では真の国益の視点から是々非々で対応しなければならない。その意味でウクライナ問題における岸田政権の対応は間違えている。米国の方針を神の声の如く妄信、盲従すべきでない。しかし岸田政権は〝ゆるぎない日米同盟万歳〟などとアメリカに追随することをすべてに優先し、ロシアとの関係を破壊している。

 岸田首相は外交で世界に評価された元安倍総理への対抗意識か、わざわざメンバーでもないNATO会議にまで足を運び、反露の旗を振って目立ちたがった。しかし目立つ場所と時期を間違えている。少なくともウクライナ問題では頭を低くしてできるだけ目立たないように身を処するべきであった。

 今の米国にとって究極の敵は中国であり、今回のウクライナ紛争はその前哨戦にすぎない。中国との対戦になった時にロシアが中国に加担すれば米国は勝てない。だから最初にロシアを弱体化しておきたいというのが米国の戦略である。なお一旦米中戦争が始まれば、中国の隣国日本が最前線で米国の代わりに戦わされることは目に見えている。今日のウクライナは明日の日本であることを肝に銘じるべきである。

実は堅調なロシア経済

 前段でウクライナ経済について述べたが、ロシアの経済についても概要を報告しておきたい。新聞や雑誌では〝戦闘の長期化によってロシア経済が激しく損傷を受けて苦境に立たされている〟という論調を頻繁に目にする。しかしこれは欧米諸国による希望的観測にすぎないし正しくない。

 ロシア経済は確かにウクライナへの軍事作戦を開始後、戦費の急増によって財政黒字は減ったが、エネルギー価格高騰によって石油ガスの輸出収入が大幅に増えたため赤字に至っていない。欧米による前代未聞の経済制裁にも関わらず国内経済は堅調に推移している。マクロ経済では本年一−七月の経常収支と貿易・サービス収支は驚くべきことに前年同期と比べて三・三倍に増えている。七月単月でみれば二八一億ドルと過去最高の黒字を記録した。インフレ率も一四%と高い水準にあるが欧米とは正反対に低下傾向にある。失業率でも四%以下という低水準で推移している。個別産業分野でも一〜六月期では自動車産業や白物家電など外国のメーカーに依存していた分野を除けば、鉱工業は二・〇%増加しており、鉱業(四・二%増)の他、製造業、電気・ガス(〇・七%増)といずれも増加している。

 ロシア中央銀行はSWIFTからの排除への対抗手段として、エネルギー資源などの輸出代金をルーブルでの支払いを求めるなどの手法を導入した。こうしてルーブルへの需要を高めた結果ルーブルはウクライナ侵攻直後の二倍近く強くなっている。むしろ強すぎることによる弊害を回避するために現在では政策金利の引き下げを行うなど調整局面に入っている程である。中国とは相互に自国通貨間の取引を急増させてドル依存からの脱却政策を推進し始めた。これによってルーブルと中国人民元の月間取引量は約四兆ドルとなり昨年末と比較して一〇倍以上に急増している。そして八月後半になるとその取引高はついにドルによる取引を上回った。以上よりロシア経済が破滅するとか、経済悪化で国民の不満が爆発寸前だという論評は全く根拠がない出鱈目である。

欧州経済への影響

 米国は国際法上の非合法な手段まで駆使してロシアへの経済制裁を強化してきた。しかしその弊害はロシアよりも欧州諸国に色濃く現れてきている。経済原則を無視して政治的にロシアとの経済関係を断絶させたことによって生じた急激なマイナス変化に対応しきれず、EU諸国では様々なひび割れが始まっている。通貨は国力の鏡でもあるがユーロの相場は急激に下がり一ドルの等価さえも割りこんだ。ユーロがドルより安くなるのは二〇〇八年以来約二〇年ぶりのことである。ギリシャやイタリーなど南欧諸国では金利が急騰して極度の財政悪化のリスクが高くなっている。強引なロシア制裁によって石油ガスの高騰を招き、欧州連合の屋台骨であるドイツが激しい打撃を受けている。

 このようにロシアとの経済断絶の被害を受けるだけで全くメリットがない欧州諸国にとっては紛争の長期化は迷惑そのものである。だから米国のやり方に異を唱える国が増えてきている。ロイター通信によれば、米国内でも開戦から半年が過ぎた今もウクライナが世界中の注目を過分に集めていることへの不満が強くなってきているという。

 結論を言えばロシア経済は欧米の期待を裏切って堅調に推移している。むしろロシアへの制裁はブーメランのように制裁側に災厄をもたらしている。サッカーに例えるなら欧米によるオウンゴールと言ってもよい。

経済制裁の妥当性

 制裁を正当化する国際ルールはない。WTO協定には例外条項〝安全保障上の理由に基づく貿易制限措置等〟があって、必要に応じて対応が容認されていることになっている。ロシアは(中国も)WTOには加盟している。しかし今回ロシアへの制裁措置は一方的且つ恣意的に行われたことから、WTO全体の意思決定やルールメーキングに新たな不透明要因が加わってしまったと言える。国際貿易における方針決定において米国主導の超法規的ルールが幅を利かせるやり方が浮き彫りにされた。当然こうした米国の横車押しには各国で異論が出てきている。

制裁の影響による世界の再編

 ウクライナ戦争開始直後、米欧日は待っていたようにロシアへの経済制裁を開始し、米国は世界各国に制裁に加わるよう説得を試みた。制裁に加担しない国にはロシア同様に米国の経済体制から除外するぞと脅しもした。二次制裁である。しかし中国やインド、イランをはじめ米国に加担しない国々は独自の経済及び金融システムを構築しつつある。最近ではハンガリーのようにEUの中からも制裁への反対国が出ている。

 米国はこれまで戦後の金融システム=ブレトンウッズ体制の恩恵を最大限利用してきた。世界が際限なく吸収してくれるドルを増刷しては世界の低所得国の労働力を安く入手して、経済を回し世界一豊かな経済をエンジョイしてきた。しかし今回の強引な制裁の導入によって米国離れする国々が増えてきている。その結果世界は米側と非米側に分離しつつある。ドル一極体制の終焉のはじまりである。

 米側諸国はロシアの経済制裁に加担しない国々の排除によって、自ずと資源国を含む新興経済国を失うことになった。中国、サウジアラビア、イラン、ベネズエラ、ブラジル、マレーシア等々である。これによって地下資源業界においても大きな変化が起き始めている。これまでエクソン(米)、トタール(仏)、シェル(英)、BP(英)などが資本と技術によって発展途上国の埋蔵資源を開発しその権益で発展してきたが、この構図に変化が起き始めている。米国に同調しない国々が独自の資本と技術で資源を開発できるようになってきたからだ。これまで欧米が経済大国の地位を維持してきたのは主として資源が豊かな国々の搾取によるものであった。穀物についても同様である。

国際世論とは何か

 マスコミが好んで使う〝国際世論〟という表現が日本では定着している感があるが誤解を招いている。実はこのマスコミ用語の国際世論は今や米国の同盟国だけの意見であり、真の意味での国際世論ではない。イタリアの元首相ベルルスコーニ氏が、〈西側はロシアを排除したが、西側は世界から排除された〉と言ったが蓋し至言である。

 国連によると、八月に実施した国連総会でのウクライナに関する反ロシア声明を支持した国は国連加盟国の三分の一未満だった。加盟国一九三カ国のうち、西側諸国とラテンアメリカおよびアジア太平洋地域の一部の諸国を含む五八カ国のみが決議を支持したというのだ。ウクライナ侵攻が始まった直後に実施された三月二日に開催された国連総会では一四一か国がロシア非難に賛成していたが、半年ほどで八三ヶ国が決議反対に意見を変えたことになる。

平和記念行事

 今年八月、平和祈念の恒例の諸行事が広島、長崎はじめ各地で行われた。だが今年はいつもと違ったことがある。六日、九日に実施された原爆忌からロシアの代表が排除されたことである。これは大きな間違いである。ガルージン大使にたいへん失礼な話である。

 ガルージン大使は広島市の平和祈念行事に先立ち、八月四日同市を訪問して原爆の犠牲者たちに献花し、平和の祈りを捧げられた。とても立派なことであり、素晴らしいことである。その行いと姿勢に日本人として心よりお礼を申し上げ、敬意を表したい。またガルージン大使に同行され、セミナーに参加された一水会の木村代表にも心より敬意を表したい。

 ロシアではソ連時代から広島と長崎への原爆投下について、小学校の教科書に人類は二度とこのような過ちを繰り返してはいけないと教えてきた。他方米国ではそうした教育は一切行われていない。原爆投下について戦争を終わらせるためと正当化している。日本に行われた背景にはアジア人に対する人種差別の意識がある。日本人が原爆を投下したその米国にひたすら従順な態度を続けている理由は他の国の人たちには理解できないであろう。

ロシア人にとっての平和とは—原爆犠牲国の日本への共感

 ロシアは第二次大戦で西部の主要部分をドイツ軍に蹂躙され、世界で最多の人的被害を被った国である。その記憶は国民にしっかり受け継がれている。今回のウクライナ東部におけるアゾフ大隊(=ネオナチ)によるロシア人同胞への虐待や殺戮を決して許すことができないのは当然である。

 国連広報センターによれば、二〇一四年以降ウクライナでは一五、〇〇〇人の東ウクライナ住民が殺害されてきた。米国でも二〇一七年、二〇一八年、共和党政権時代において、議会がウクライナにおけるネオナチが非人道行為を行っていることを理由にウクライナへの支援を否決してきた。

 日本はそうした歴史的経緯を学ぶことなく、単純にロシアは権威主義の国だとか、プーチン政権の独裁だなどと短絡的な理解で片づけようとする。

ロシア文化の否定

 脱ロシア政策は決してロシア文化の否定とイコールであってはならない。いま日本では政府とマスコミの相互増幅作用によって一億総反ロシアのムードが広がっている。政治、経済関係だけでなく、ロシアと名がつくものは文学、音楽、舞台芸術を排除し、挙句の果てはロシア語教育まで排除しようとする傾向さえ垣間見える。

 日本が明治の開国直後から学んできたロシア文化を政治的な理由で安易に否定し葬り去ろうとしている。恥ずかしいことである。芸術や文化は政治を超越しなければならない。ロシアとの文化交流の芽まで摘み取ってしまうことは日本にとって莫大な損失になる。ロシア文化を安易に否定することは将来の民間交流の土台さえも取り去ることになる。

【月刊レコンキスタ令和四年一一月号掲載】